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梯剛之(かけはしたけし)について

梯剛之(かけはし たけし)について

1977年8月2日生まれ
小児癌のため、生後1ヵ月で失明するが、ピア二ストとして活躍している。

コンクール経歴
1994年 チェコ盲人弱視者国際音楽コンクール優勝、
ドイツ・エトリンゲン青少年国際ピアノコンクール(Bカテゴリー)優勝。
1995年 米国ストラヴィンスキー青少年国際コンクール第2位。
1997年 村松賞受賞。
1998年 ロン・ティボー国際コンクール(パリ)第2位
SACEM賞(リサイタル賞)
シュピオンボノー財団賞受賞。
1999年 都民文化栄誉章
出光音楽賞
点字毎日文化賞受賞。
2000年 第14回ショパン国際ピアノコンクール・ワルシャワ市長賞受賞。

いつも僕のなかは光

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
たったひとつのことを、やり続ける勇気があれば、大丈夫。生後間もなく眼球摘出、盲人でありながら普通小学校入学、卒業後いきなりウィーンに留学、そしてガン再発…どんな時も僕は強い憧れのなかにいた。『NHKにんげんドキュメント』『情熱大陸』『徹子の部屋』等で紹介、視力を失った天才ピアニスト、心ぽっかぽかの半生記。

【目次】(「BOOK」データベースより)
1 誕生/2 なみのり保育園/3 小学校の生活/4 ウィーンへ/5 再発/6 再びウィーンへ/7 ロン=ティボー・コンクール/8 マエストロ・小澤征爾との出会い/9 カーネギーホールへ

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
梯剛之(カケハシタケシ)
1977年8月2日、音楽家の両親のもと東京に生まれる。小児ガンにより生後一ヵ月で失明するが、音楽を聞かせると泣きやみ、メロディーを正確に再現した。ピアノを玩具がわりに親しみ、四歳半より本格的にピアノを始める。なみのり保育園、八王子市立中山小学校で幼少を過ごし、90年小学校卒業と同時に渡欧しウィーン国立音楽大学準備科に入学、同年再び眼に悪性腫瘍を患い帰国し手術、翌年ウィーンでの勉強を再開した。98年ロン=ティボー国際コンクール第二位などで注目を集め、世界のオーケストラと共演、以後ピアニストとして華々しい活躍を続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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<3月16日産経新聞より>美しいピアノの音色に霊妙な精神世界を描き出す盲目のピアニスト、梯(かけはし)剛之。ロン・ティボー国際コンクール第2位入賞から10年、ウィーンと日本を行き来しながら活動を続ける。30歳の節目の年にあたって、初のオール・ベートーベン・プログラムでリサイタルに挑む。19歳の時にピアノ協奏曲第1番を演奏して以来、偉大な作曲家への尊敬の念を深め、掌中でじっくりと温めてきた。

 「ベートーベンが散歩していた道を歩き、森の中に注ぐ光、枝葉を渡る風、鳥のさえずりに触れていると、ベートーべンが、とても身近な存在として感じられ、作品はたった今、書かれたかのように感じられます」

 ウィーンでの生活が18年目となる梯。進んで屋外へ飛び出し、土のにおいや木のぬくもりを直接に感じ取りながら、音楽に詩的な広がりと精神的な意味を与えていく。

 天衣無縫のモーツァルトの音楽に含まれた微妙な心の動き、希望と不安が交錯するシューベルトなど、梯の十八番(おはこ)はどれも、自然との交感がインスピレーションの源泉となっている。

 今回のリサイタルツアーで取り上げるのは、ピアノ・ソナタ第14番「月光」、第17番「テンペスト」に第23番「熱情」。いずれも標題つきの代表作ばかり。

 「ベートーベンは運命を乗り越え、光の境地へと到達します。そこで彼はすべてのことを許し、慈悲深い大きな心で世界を包み込んでいるのです。偉大で神々しいまでの世界を表すことができればと願っています」

 公演は23日、新潟市民芸術文化会館(新潟日報社(電)025・378・9266)▽4月5日、京都コンサートホール(エラート音楽事務所(電)075・751・0617)▽22日、横浜みなとみらいホール(神奈川芸術協会(電)045・453・5080)▽5月24日、東京・紀尾井ホール(カジモト・イープラス(電)0570・06・9960)など。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080316-00000075-san-ent

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